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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)9327号 判決 1960年2月01日

原告 菱さのい

右訴訟代理人弁護士 岡田金吾

被告 斎藤清己

右訴訟代理人弁護士 大森正樹

主文

被告は原告に対し別紙目録記載の建物の一部を明け渡し、かつ、金九万一四五一円及び昭和三三年一〇月二一日より右建物明渡ずみまで一ヶ月金一万円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

菱清七と被告との間に昭和二九年七月一日本件建物について、原告主張の賃貸借契約が成立し、右契約が賃貸期間満了と共に更新されたこと、菱清七が昭和三二年八月二七日死亡し、その妻である原告が相続によつて本件建物の所有権を取得し右賃貸借契約の上の賃貸人の地位を承継したこと、被告がその後原告主張のように賃料の支払を延滞し、昭和三三年八月一日原、被告間に原告主張のような延滞賃料分割払ならびに賃料支払期変更の約束がなされたこと、被告が従前の延滞賃料のうち原告主張の金二万円を支払つただけでその余の分割金ならびに昭和三三年八月分以降の賃料の支払をしないこと、および原告が昭和三三年一〇月一七日到達の書面で被告に対し原告主張のような催告ならびに条件付契約解除の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで、被告の抗弁について按ずるに、昭和三三年八月一日原、被告間に前記延滞賃料分割払等に関する約定が成立した際同時に原告が本件建物に附属している手洗所とこれに通ずる通路に対する被告の使用権を確認すると共に、じ後、被告の右使用を妨害しない旨特約した事実は当事者間に争いなく、(もつとも、原告は昭和三四年六月一八日午前一〇時の本件第五回口頭弁論期日において手洗所等に対する被告の使用権を確認し、じ後その使用を妨害しない旨特約した事実を認め、その後同年九月五日午前一〇時の本件第六回口頭弁論期日において右自白は真実に反しかつ錯誤に基くことを理由にその取消をしたが、原告の立証資料によつてはいまだ右自白が直実に反しかつ錯誤にもとづいたものであることが認められないので、原告の自白の取消は許されない。)成立に争いのない甲第二号証、第五、六号証、証人矢川久子、同樋口せつ子、同五十嵐政二、同斎藤晴子の各証言、および被告本人尋問の結果に証人斎藤六郎の証言、原告本人尋問の結果の各一部を綜合すれば、前記手洗所およびこれに通ずる通路は本件賃貸借契約成立の当初から被告においても使用できる旨の了解がなされ、被告が本件建物の引渡を受けてパーマネント営業を始めた後も被告方の従業員が右通路を物置として利用していたほか右手洗所を原告側と共に使用していたところ、原告側では、賃貸期間として定めた昭和三二年六月三〇日の経過により本件賃貸借契約が終了したとして被告に対し本件建物の明渡を求めると共に、右通路の使用を禁止するにいたり、他方、被告側でも賃料の支払を延期したことから、当事者間の契約関係に争が生じたため、昭和三三年八月一日、斎藤六郎のあつ旋により原、被告間に前記延滞賃料分割払ならびに手洗所使用権確認等の約旨を含む約束の成立をみるにいたつたが、その後、原告は一時右手洗所等を被告側に使用させたけれど、概ね本件建物から右通路に通ずる戸を開閉できぬようにし、手洗所等に対する被告側の自由な使用を認めなかつたことの多かつた事実を認めることができる。証人斎藤六郎の証言および原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、被告は賃料支払義務と原告が被告に手洗所等を使用させる義務とは同時履行の関係にあるから賃料延滞につき責任はない旨主張する。しかして賃貸人が賃借人に対し賃貸借の目的を達し得るよう目的物の使用収益をさせない時は賃借人は自己の債務の履行を拒み得ることもとより当然ではあるが、賃借人において大部分の或は主たる部分の履行をなし、賃借人がすでに目的物の引渡をうけその使用収益している以上、賃貸人の一部義務不履行により賃借人が契約の目的を達し得ないというような特段の事情のない限り、賃貸人不履行の右一部の義務と賃借人の賃料支払義務とは同時履行の関係にあるとはいい得ない。本件において被告は本件建物を賃借以来これをパーマネント業の店舗として引き続き使用していたものであつて、前記特約成立後原告が右手洗所等を被告に対し完全に使用させなかつたことによつて賃貸借の目的を達しなかつたというようなことは別に被告の主張し立証しないところであるから、被告は原告の一部債務不履行により、場合によつては賃料の減額或は損害賠償を請求し得るは格別、原告に対し賃料の支払を拒むことはできぬといわねばならぬから、被告の抗弁は採用できぬ。

しかして、被告が原告から前記のように期間を定めて延滞賃料の催告を受けたのにかかわらず、その催告に応じて右支払をしたことについては被告の主張し立証しないところであるから、本件賃貸借契約は催告期間の終つた昭和三三年一〇月二一日かぎり被告の不履行を条件とする原告の契約解除の意思表示によつて解除されたというのほかない。そうすると、被告は原告に対し本件建物を明け渡し、かつ、昭和三三年一月分の未払賃料五〇〇〇円と同年二月一日から同年一〇月二〇日まで一ヶ月一万円の割合による延滞賃料合計九万一四五一円を支払い、更に被告が右明渡義務を履行せずじ後本件建物を占有することによつて原告に被らせている相当賃料と同額の損害金を支払う義務あること明らかであり、約定賃料が一ヶ月一万円であることは前記のとおりであるから、相当賃料額は反証のないかぎり約定賃料額によるべく、原告が被告に対し昭和三三年一〇月二一日から本件建物明渡済まで一ヶ月一万円の割合による損害金の支払を求めることは正当である。

よつて原告の本訴請求はすべて理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、なお仮執行宣言の申立についてはその必要を認めないので、これを附しないこととし、主文の通り判決する。

(裁判官 斎川貞造)

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